こんばんは、白蝶です。
自身がオタクでありますが、オタクに対して嫌悪感をもつ精神について考えてみようと思います。<約4500文字>
私はオタクといえば早口デュフフな、好きなことに対する知識が豊富かつ関連知識に貪欲な人を想定しています。そういう意味は私はオタクではないと思います。しかし昨今の流行りでは「オタク」≒「アニメ、アイドル、ミリタリー好き」のイメージが強いと思いますのでこれに従って自身をオタクとして考えます。ライトなオタクですね。
何に対して嫌悪感があるのか
オタクか否かに関わらず、
群れて周囲に配慮しない人を見ると嫌悪感が湧き上がってきます。いわゆる
パリピ、
陽キャと言われる外向的な人対しても嫌悪感はありますが、こういう人とは縁遠く、近づかなければいいと考えているため嫌いだと感じてもすぐに忘れてしまっているのでしょう。ならばオタクに対する嫌悪感とは身内に対するもので、
非難される対象に自分が属している気まずさのようなものでしょうか。オタクをおおっぴらに自称はしませんが、オタクに対して内向的な印象を持っており、自分は内向的という自覚はあります。三段論法的には私もオタク...ではありませんね、自覚も印象も包括関係と思うので。内向的という枠にオタクも私も包含されます。
オタク批判を内向性批判と捉えているのでしょうか、私は。
ここでタイトルと自分の認識が違うことに気づきましたが、オタク趣味自体に嫌悪感はありません。嫌だと感じるのは、街なかで他人がアニメの話を周りに聞こえるように話していたとき、二次元の広告を見たときでしょうか。オタク嫌いといっても内容が二次元に関するときだけです。外向性に対する嫌悪感と構図は同じで、おそらく知らなければ嫌悪感も残らないのでしょう。では逆に自分が知っていることが街なかで聞こえてきたら二次元関係なく嫌悪感があるのでしょうか。
私はスポーツとかエンタメとか詳しくないため、他人がそういう話をしていても何言っているのかちょっとわからない状態です。自分が知らないことを他者が話していても全く気になりませんが、知っていることを他者同士が話していると嫌な感じがする。あれ...これって疎外感でしょうか...? もしくは自分だけ置き去りにされているような感覚でしょうか。
女性向けの男性イラストを見て思う
話は変わりますが、BLぽいイラストを見たときに少し不快になり目を逸らす傾向があります。今は女性向けの
イケメン男性キャッキャウフフな作品もかなり増えましたね。(別に
Free!に対しては嫌悪感はありません)
見るたびに「全部同じ顔じゃん」と思うのですが、男性向けコンテンツの美少女に対して興味のない人も同じように思っているのでしょうね。
*1
確かに
ライトノベルを読み始めたときはオタクコンテンツに引いた姿勢で接していましたし、イマイチキャラの違いがわからんかったけれども、今では
ライトノベル「
電波女と青春男」を買うために
レジに持っていったときの恥ずかしさを懐かしく思うほどで、8年ほど経過して思い出せたというのはこれはこれで貴重な経験です。ちなみに
電波女と青春男は
入間人間さんの独特な文章が合う人には読むと青春ポイントが貯まるのでおすすめします。
*2
話が少しそれましたが、この女性向け作品に対する、もしくはイケメンに対する嫌悪感の正体ですが嫉妬なのでしょうか。
女性が男性向けコンテンツに嫌悪感を示すという逆の観点から考えてみます。アニオタに対する女性の主張は「現実逃避して気持ち悪い」でしょうか。たしかに現実逃避しているアニオタも一定数いると思います。「女性に相手をされないから別のコンテンツで欲求をみたす」わけですが、この代償行動自体は普通のことです。代償行動が言葉の場合、例えば「まだ本気を出してないだけ」とかは「じゃあやってみろ」という風に反発を食らうことがありますが、代償行動が行為の場合、浪費、過食とかは割と批難されるより憐れまれる確率のほうが高い気がします。それを考慮すると、代償行為に対してではなく、「女性に相手にされない」こと自体に対して嫌悪感を持っているのだろうと私は考えます。これに対する説明は最近ネットではよく見ますが、「既に相手がいる人は他人が認めた価値が何かしらあるから、女性はモテる人(他人のもの)が好き」という理論で片付きます。オタクに対してあからさまな嫌悪感を示すのはその方が相手が寄りつかないからです。
ですが、男女の立場を逆転して考えているのでもとに戻したときにこれではうまく説明できない可能性があります。逆転可能な考え方でもう少し考えてみます。
やはり嫉妬なのか!?
女性に相手にされないからと逃避する男性は生物的に弱い確率が高いです。しかし競争市場で総数が少なくなると全体の質は低下します。全体の質が低いとそうでない場合に比べて自分が質の低い相手を掴む確率が高くなります。これを避けるために逃避はしてほしくない、つまり
「あんたのことは好きじゃないけど、他の人が自分磨きしてくれないと困るんだから現実逃避なんてしないでよね!」という考えが一つ。(イメージボイス:豊浜のどか,
青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない)
もう一つの考えとして、「
少子化だから今の東大生はレベルが低い」言い換えると「昔よりレベルが低いやつでも東大生になれる」ということをわざわざ言う人はおそらく楽して東大入学した人に嫉妬して言っています(主張自体は正しいです)。これと同じように「(競争市場の総数が少なくなる前に比べて)低いレベルの女性でもトッ
プレベルの男性を捕まえることができる」ことに嫉妬している人がいる、つまり
「あんな女でも彼氏がいるなんてほんとありえないんだけど!」という考えもあります。(イメージボイス:三浦優美子,
やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。)
ただしこれは恋愛上位層の考え方です。下位層の女性からするともともと自分の相手になるはずだった男性はより上位層の相手とくっついてしまうので相手がいなくなってしまいます。つまりオタクコンテンツのせいで相手がいなくなります。そのためコンテンツが妬みの対象となり得ます。
これならそのまま男女逆転可能ですね。私が恋愛下位層ならばこの不快感は嫉妬ということになります。
男を知るべきなのだろうか
この記事自体、以前の過疎ブログからの移転で、上記の考えは数ヶ月前に書いたものなのですが、校閲していてそれっておかしくねぇ?(AA略)とも思いました。
具体的にどこがおかしいかわかりませんが、こう…朧げながらそういう考えが浮かんできたんです。
そうして少し上の方の文章に目を向けると書いていたが(自分でも忘れていた)、知らなければ嫌悪感が残らないと書いている。
確かにそうだ、もう知りすぎて男性向け作品に対しては例外はあるが大抵の美少女は受け入れられる。*3JR、温泉、競馬、軍艦、戦闘機、戦車、何とコラボ・ネタにしようがさほど気にならず、こんな作品があるのかと思うだけだ。
一方でイケメン作品に対して「男が女みたいにこんなに群れるわけ無いだろ」といったリアリティが足りないという視点での批判をするのだが、果たして私はイケメン作品の何を知っているのだろうか? 何も知らないのに2次元作品だからといってどこか美少女作品と同じ面ばかりだと勘違いしているのではないだろうか。その中途半端に知った気になっているせいで嫌悪感が生まれるのではなかろうか。こんな疑念が生まれてしまった。
さてこれを検証するべきだろうか、いや検証するのだが、そうなるとイケメン作品をこれから大量にインプットしてその興奮 or 嫌悪状態を日常にしなければならない、まるでセル編の悟空のように。問題となるのは私がイケメンに惚れ込んでしまったらどうしようという不安だ。最近は世間がLGBTsにうるさいとは言え、(同)性の喜びを知る必要があるのだろうか。いや無い。無いな。「バカとテストと召喚獣」じゃないのだからすぐに同性同士で結びつけるのはやめよう。
イケメン作品と呼んでいいのかわからないが、「07-GHOST」「AMNESIA」のTVアニメは視聴した。07-GHOSTは普通に良かった。ハクレンが好きだ。AMNESIAはなぜ見たのか経緯を覚えていない。当時美少女に浸る危険性を直感的に察知していたのかもしれない。どちらにせよ名塚佳織さんの声は良かったはず。
そんなわけでこれからはイケメンでご飯を食べるように日常的にイケメンを消費することにしよう。気づいてしまったからには検証しないわけにはいかない。
代償行為としてのオタク趣味
少し話を戻して、そもそも「代償行為としてのオタク趣味」についてですが、必ずしも恋愛の代償行動とは限らないでしょう。私はアニメのブルーレイも買いますし、好きなキャラならフィギュアも買いますが、好きな2次元キャラは性欲の対象にはならないのです。2次元の最大の特徴は「自ずから変わらないこと」です。綺麗なイメージは誰かに汚されない限り侵されることはありません。
2次元に対する好きと3次元に対する好きを混同している人にありがちな考え方は、「2次元と3次元のタイプが同じだろう」「2次元にいくらつぎ込んでも何にも残らない」など。これは結構痛い勘違いで、イラストもフィギュアも動かないし現実に影響を与えないというのは当たり前、理解しているので
見返りを期待するという発想があり得ません。あくまで好きという感情が一方的であり、好き・可愛いという感情はペットに対するそれと同じ、特に物理的に関わらないという意味では
Youtubeで見る犬・猫の動画で可愛いと思う感情と似ていると思います。動画で見るなら可愛いと思う犬種でも飼うほどではないと感じることはあるでしょう。動画見るのに時間(場合によってはお金も)使っても何にも残らないと言われても的はずれな指摘でしょう。
長文になりましたがとりあえずこの辺で、おやすみなさい。